BBC日本語部への出向などNHKから海外の放送局への派遣制度

私がBBCを訪問したのは
すでに日本語放送が終了して数年経った頃でした
私がちょいとピンぼけですみません……
いやこのぐらいの方がちょうど良いのかも(笑)
かつて私が所属していたNHK国際放送局の英語アナウンスグループですが、海外の放送局への派遣(職員交換)制度がありました。
代表的なものにBBCの日本語部とのものがあります。他に、ABC Radio Australiaとの交換もありましたし、英語以外の言語でも同様な制度がありました。
NHKからBBCに英語アナウンサーが出向してBBCの日本語放送を担当し、BBCからは職員がNHKに来てRadio Japan(国際放送)の英語放送を担当するというものです。
この制度でBBCへ派遣された人々はNHKの複数の部局から、さらに民放からも参加するという大がかりなものでした。
そもそもこの制度ができたのがいつだったのか?
そして英語アナウンサーが参加したのはいつからだったのか?
たまたまかつて日本BCL連盟で『My Wave』の元編集長をしていた紺野敦さんと連絡をとることがあり、そこでそんな話が出てきました。
興味があり資料がないかと思ったところ、以前読んだ本を思い出します。BBCの日本語部で活躍された大蔵雄之助さんが書かれた「こちらロンドンBBC」(サイマル出版会,1983)です。
古い本を捨てずに取っておくというのは「山の神」からの評判が悪い(笑)私の習性なのですが、書棚から取り出してきたら、「ビンゴ!」でした。スタッフについて実に詳しく書かれていました。
それによるとNHKからの出向は1950年の神谷勝太郎さんが最初。
当時、日本語部長だったトレヴァー・レゲットさんが、放送の雰囲気を変えるために日本国内の放送局からスタッフを招く必要があるということで始まったようです。
神谷さんに続いて藤倉修一さん、橋本忠正さんとNHKからの派遣が続きますが、後にNHKからの人数は複数名に増員されることになります。
1956年には民放からの出向も始まります。初代はTBSから長谷川哲夫さん。
そして、1964年から、いよいよ英語アナウンサーの大先輩である水庭進さんが英語アナウンサーからの第1号として派遣され、その後矢口堅三さんなど、歴代の英語アナウンサーが続いていきます。そしてこの制度は1991年に日本語放送が廃止されるまで続くこととなりました。ちなみに、最後の英語アナウンスグループからの出向はこのサイトでも以前触れた板倉正明さんでした(こちらの記事)。
一方でBBCからはプロデューサーが来日し、NHKの国際放送を担当して下さっていました。最後の日本語部長となったジョン・ニューマンさんも日本語部長に就任する直前までNHKに出向していました。
私が入局した時はちょうどその制度が終了するときだったのですが、イギリスからのRay Milesさんがおられ、私の採用試験のときにスタジオで面接をしてくださったのを覚えています。
BBCへの出向が終わるタイミングでの入局でしたので、制度の終了はとても残念でした。
が、幸いにしてその後「研修」という形でカナダのCBCとRadio Canada Internationalに半年間派遣させていただくことになりました。NHK、CBC、RCIと、新しい制度を準備された方々には本当に感謝しています。
さて、上記の本を読んでいるうちに、こうした資料が次第にネット上では見つからなくなっていることに気付きました。多くの本も絶版。国会図書館では目にすることもできますが、もっと簡単にアクセスする方法はないものかと……。
せめて、このブログで資料としてまとめたものをアップしておくのも良いのではないかと思いつきました。
というわけで、メモ書きのようなものですが、紺野さんとやりとりしながら作ったものを当サイトの「資料集」に入れておきました。
もしご覧になって間違い、新たな情報などをお持ちでしたら、ぜひお知らせください。








